ごめんねハイデッガー

ハイデガーが読み勧められないので、他の本を先に読みます

本を読みました 【笑いのカイブツ ツチヤタカユキ著/文藝春秋】

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 それは粗悪なドラッグだ。乱暴な快楽だ。憎悪。絶望。感情。いいぞ、もっと寄越せ。嘲笑と憧憬が渦を巻く。焦燥と優越が吹き付ける。

 俺はその中に必死に自分を探しては引き剥がす。融合と乖離を繰り返す。俺はコイツじゃない。憧憬。嘲笑。コイツは俺じゃない。焦燥。優越。繰り返す呪詛。それでも俺は動かない。動けないし動いてはいけない。

 

 「笑いのカイブツ」は別に優れた私小説では無い。カタルシスも得られない。ひたすら憎悪と呪詛が叩き付けられていく。つまらなく、そして下らない。ただ妙に熱いドロドロした血液だけが、音を立てて流れて行くのが聞こえる。好きでも無ければ嫌いでも無い。

 ドラッグだ。だけど俺は飛べなかった。

 俺は彼に同化できない。誰一人彼に同化出来ない。俺は彼に唾棄される側の人間だ。俺は彼の敵だ。嘲笑は当然、賞賛すらも彼を救わない。俺に出来る事は嘲笑も賞賛もしない事だ。同情もせず、触発もされない事だ。

 

 彼の感情に乗る事もしてはならない。彼の感情を消費してはならない。だから彼が炸裂させる呪詛や禍根と言う名前の感情に乗って泣いたり笑ったりしてはいけない。少なくとも俺には出来ない。

 

 エモい。それは感情の吐露だ。疾走、暴走、垂れ流し。その呪詛、憎悪、憧憬、焦燥は何かを得た気にさせるが、これは単なるジャンクフードだ。ジェットコースターだ。読んだって何にもならない。人生は変わらない。給与は増えないし、恋人が出来たり宝くじが当たったりはしない。

 ただ彼の努力、根性を勿論笑えない。彼の不運や社会性の無さも笑えない。誰も彼を救えない。彼が敬愛する芸人ですら救えない瞬間がやがてくる事すら予見させる。それが苦しい。苦しくてそれでも平然として読まなければならない。

 彼の感情に乗っかって何かを得た気になってはならない。それだけはしちゃダメなんだ。そうしない事だけが唯一、彼に報いると言う事なんじゃないだろうか。

 

 だから馬鹿馬鹿しく、下らないのだ。読者にそんな事を強要するなんてのは好かない。脅迫だ。金と時間を奪う強盗だ。俺は呆然と立ち尽くし、見送るしか出来ない。

 本来はこんな感想すらブログに書くべきじゃないのかも知れない。

 莫迦な!そんな事があってたまるか。

 伝説も青春も感情もクソだ。報われろ、救われろ。願わくば幸せになれ。