ごめんねハイデッガー

ハイデガーが読み勧められないので、他の本を先に読みます

【午後のロードショー】『マディソン郡の橋』を鑑賞しました

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マディソン郡の橋(The Bridges of Madison Country)』1995年アメリカ

イーストウッド主演。

聞いたことはあっても見たことなかった映画。

山田康雄じゃ無いイーストウッドと言う違和感。まぁ30分もすりゃあ慣れて来るんだけどね。なんと言うか、でもまぁ違和感だよな。嫌とか変とかじゃ無いんだけど。

 

老いらくの恋がどうこうと言う気は無いが、正直年老いた親の恋愛日記を読むのはちょっと辛いものがあるな。それは相手が老カメラマンでもなんか厭だし、若造でも厭だ。親父のでもなんか厭だわ。いや、親が離婚して別の恋愛するとかならいいんだ。遺品としての恋愛日記を読むのはさすがにちょっと辛い気がする。当時は絶賛されてたんだっけ、なんでなのか。

 

価値観偏差値が一定以上離れる人間と接するの面倒クセェ……と思いました。共通言語を醸造するのには時間が必要だけど、時間を経る毎に偏差の離れを感じていく。劇中でも「男は自慢話をするのが大好きなのだ」と言うが、俺は「教えて欲しい」なんて態度をされるとげんなりしてしまう。冗談じゃあ無い。1人でやれ、1人ででも生きていける女がいい。でも1人ででも生きていける女、俺を必要としないし俺も必要ないからもう仕方ないんだよな。そこは諦めてる。

 

「この橋を撮るために今まで生きてきた」そんな優しい嘘も俺には吐けない。馬鹿馬鹿しい、嘘だと分かってる優しさになんの意味がある。「この恋(感覚、感情)は俺たちだけしか知らない、世界中の人間はその片鱗も知らない」そんなセリフは10年以上前に出尽くした。俺は死骸だ。そしてそんな感情的なシーンで、手前にある椅子の上をハエが歩ってるのウケちゃうんだ。わかる人いるかな。

 

4日間の恋、まぁ良くわかんないけどいいんじゃないですか。するぶんには構わない。日記に残さないでくれ。読みたくない。「愛とは期待に応えない事」「ついて行ってたら保たなかった」「この美しい感覚は分からないでしょう」みたいな話はまぁわかる。いいんじゃねぇの、やっていこう。俺もあと一回くらい、そう四日間でいい、そんな感覚を得たい気持ちはある。それまでは生きるさ。