ごめんねハイデッガー

ハイデガーが読み勧められないので、他の本を先に読みます

【本を読みました】『破壊された男』アルフレッド・ベスター著 (ハヤカワ文庫SF)

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本を読んだので記録します。

ハヤカワ文庫SF『破壊された男』ルフレッド・べスター著;伊藤典夫 訳。

ISBN 9784150121112

2017/01/07刊行(元は1965年に出された本の再販)

 

あらすじ

二十四世紀、テレパシー能力をもつエスパーの活躍により計画犯罪は不可能となり、殺人は未然に防止されていた。だが、顔のない男の悪夢に悩まされるモナーク産業の社長ベン・ライクは、ライバル企業の社長殺害を決意するが……心理警察総監パウエルと殺人者ライクの息詰まる死闘を描く第一回ヒューゴー賞受賞作

 とある。

 

感想

ツイッターで評判を聞いて読んでみた。

放っておくと新しめのクライム小説しか読まんので、最近は知人が面白いと言う小説の新ジャンル(俺にとって)を開拓しとる。SF系はそのひとつである。あまり馴染みのないSF小説だが面白く読めた。

 

テレパシー能力(サトリ)的な能力を持つ人間たちは、当然それらを使ってテレパシー能力持ち同士の会話が成立する。「直接あなたの心に話しかけています」ってやつだ。当然これはギフトってやつであり、それには能力の強弱(階級)が存在する。その感じは攻殻機動隊ハッカーっぽいな、と思った。テレパシー能力者は自身の思考に防壁を張れるので、雑魚い能力者には覗けない……と言うところにそんなのを感じた。

また心理を読みたいと思った時に都合よく読めるものでは無く、一方的に流れ込んでくると言うデメリットもある様なので、なんというか苦しいよなと思う。そうなるとテレパシー話者同士では口語会話をワックとするのもウケる。そういう差別もそりゃ生まれるわな。

 

強靭な意思でもって殺人(70年以上発生しなかった!)を成功させ、その操作の網をかいくぐるライク氏とテレパシー能力でライク氏を追い詰めるパウエル氏。ライクは能力持ちではないので、策略と意思でそれらの能力を捻じ伏せつる。パウエル氏は能力で探りつつ、殺人の証拠を揃えていく(テレパシーだけでは証拠足りえない!)ので、その攻防戦は見事だ。

整理された未来ってのはユートピア的であり、ディストピアなんだろうが、そこを意思の力で破壊するってのは野性味があって好感が持てる。好感が持てるといったところで、主人公のライクは独占企業のオーナーであり殺人者だ。肩入れしたくなるが、警察と言う官軍と旗色は違えど中身は同じだ。読者は神の視点にいつつ、その読者本人は使役される側なのでやはりディストピア小説なのだろう。

 

この小説に出てくる人物で面白いと思ったのは、テレパシー能力の研究者で「人類はみんなが能力を持っているが、使い方を知らんだけだ」と言う説を提唱する学者の存在だ。彼は現状では能力者ではない人間にテレパシーで語り続け、その思念に晒され続ける事でテレパシー能力に目覚める事を信じている。気づくか否か、と言う感じみたいだがその存在が妙にリアルに思えた。「できないんじゃない、方法を知らないだけだ」と言うのはどの時代、どの事についても言える事だろう。

 

物語は「父親を超越する」と言う話で、もしかしたらありきたりなのかも知れない。主人公の不正に対する憎悪と言うのが見えずらいのは、小説が始まった段階ですでにバグが発生していて、目的と手段が錯乱しているからなんだろう。そこら辺がドライなのも読みやすさの一つかも知れない。具体的な恨みも理由も要らない、あるのは強烈な意思だけだ。だからこそライクの爽やかさ(表層的だが)は、そのディストピア世界での英雄たりえるのであり、いかに独占企業のオーナーであると言えども読者が肩入れしてしまうんだろう。

終わり方は実にあっけなく、また小綺麗な結末だが、破壊された人間には天国が必要なのだろう。刃牙にでてきたドリアン海王もそうだ。彼に必要なのは勝利や敗北を知る事では無く、心の平穏なのだ。ライク氏にも平穏は訪れるべきだ。強烈な自我で走り続けた反動は大きいのだ。男の友情にも似た憎悪がぶつかり合う良いSF小説でした。